29年経って 今 思う事
親父の独り言
阪神淡路大震災から29年経ちました。
あの日の事は今でもよく覚えています。
震源地から遠く離れた京都府八幡市でも大きな揺れでした。
早朝5時45分、私・2歳3か月の長女・家内・ 0歳9か月の長男(勇司)の順番で寝ていて、あまりの揺れの大きさに危機感を感じて 私は長女の上に、家内は勇司の上に被さりました。(次男の誠司はまだ生まれていません)
幸い 自宅・自社工場ともに大きな被害は無かったのでそれほど気にすることなく、当日朝から予定していた京都市山科区で陶器を販売している商店の塗装に向かいました。
すると店のショーウインドの商品がすべて下に落ちてことごとく破損していました。
現場に向かう車の朝のラジオでは死者が100人と報じていました。
ところが帰りの車の夕方のラジオでは死者1000人と報じていました。
当時はスマホなど無い時代で、携帯電話も持っていなかったので、この時初めて事の重大さを耳にした瞬間でした。
そして帰宅後、テレビを見て初めて事の重大さを目にした瞬間でした。
そして暫く経った2月1日~2日に、ボーイスカウト京都連盟関係者の先陣として10人程で被災地にボランティアに行きましたが、短い期間のボランティアでは被災者にとって何の役にも立たないと感じました。
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あれから29年の間に
・アメリカでの同時多発テロ
・東日本大震災
・熊本地震
・コロナウィルス感染
・ロシア・ウクライナ戦争
・パレスチナ・イスラエル戦争
・地球温暖化
・アフリカ難民
そして能登半島地震が今年の元旦に起こりました。
列記した内容はバラバラですが、全てが驚くべき暗い大災害です。
これからも自然災害や温暖化による災害や侵略戦争災害などいろいろ起こりそうです。
どうにか出来るものならどうにかしたいけれど・・・どうにもならず、
自分に出来ることは、暑さ寒さに負けない体力作り・自然災害に対しての自分なりの心構え・資源の節約・ごみの削減・身の丈に合った募金でしょうか。
これなら一人一人が努力すれば出来る事です。
因みに私は自分に出来る事として、築46年の古い木造の自宅の外壁に自家製のクロスブレースを18本取り付けて耐震補強をしています。
後はトランプ・プーチン・キンペイ・ジョンウン・ネタニヤフさんに大人しくしてくれる事を祈るばかりです。